■ 特集テーマ「子どもの最善の利益を考慮する保育」
第54巻の特集テーマを「子どもの最善の利益を考慮する保育」としました。
1989年に国際連合が児童の権利に関する条約を採択してから早くも四半世紀を迎え、わが国でも政府がこれを批准してから20年を経過しようとしています。この条約が批准されて以降、”子どもの最善の利益”という言葉が、徐々にわが国でも普及するようになりました。とくに条約第3条第1項に示されている子どもに関するすべての措置をとるに当たって『児童の最善の利益が主として考慮される』という条文は、たとえば児童福祉施設の一つである保育所への入所の決定や日々の保育に当たって、まずは何よりも子どもの最善の利益を考慮することが求められる、という重要な趣旨を含んでいます。“児童の最善の利益”という言葉はさらに第9条、18条、20条、21条でも言及されています。
この趣旨を受け止め、わが国の保育にかかわる分野では2000年に改定施行された保育所保育指針にこの重要な理念が採り入れられました。第1章総則前文では、『保育所における保育は、ここに入所する乳幼児の最善の利益を考慮し、その福祉を積極的に増進することに最もふさわしいものでなければならない。』と記されています。また2010年に改定施行された現行の保育所保育指針では、第1章総則の2保育所の役割の最初に、『—–入所する子どもの最善の利益を考慮し、その福祉を積極的に増進することに最もふさわしい生活の場でなければならない。』とあらためて明記され、また第6章保護者に対する支援では、保育所における保護者に対する支援の基本の最初に『子どもの最善の利益を考慮し、子どもの福祉を重視すること。』と記され、さらに第7章職員の資質向上では、職員の資質向上に関する基本的事項の最初に『子どもの最善の利益を考慮し、人権に配慮した保育を行うためには、職員一人一人の倫理観、人間性並びに保育所職員としての職務及び責任の理解と自覚が基礎となること。』と記されています。
これほどに重い意味を持つ子どもの最善の利益を考慮する保育に関して、保育に関わるあらゆる分野においてどの程度深く認識・理解され、実践されてきたでしょうか。言葉としてはかなり普及しつつあるものの、理念としての深い理解、そしてそれが深く意識化された実践となると、まだかなり不十分な状況が見られます。このテーマは、今後の保育学を深める上でも不可欠な探求課題と言えます。このため、子どもの最善の利益を考慮する保育を理論的に探る研究、そして保育に関わるあらゆる実践をこの視点から省察する研究が重視されます。とくに、子どもの利益、ニーズよりも保育者、保護者の利益、ニーズが優先されていないかどうか、そして子どもを一人の人間として尊び、人間の尊厳を重んじる心や行為をおろそかにしていないかどうか、などを省察し、children firstという子ども主体の保育をすすめるうえできわめて重要なものとなるでしょう。このテーマに関わる実証的で示唆に富んだ意欲ある論文の投稿を強く期待いたします。
(文責:網野武博)